脱ダム宣言?

公共事業としてのダム事業

嘉田氏が結党した「日本未来の党」ですが、知事が前面に出てくるのは「脱ダム宣言」をした田中康夫氏を思い出します。「なんとなくクリスタル」の小説家田中康夫氏が長野県知事に就任しているときの2001年(平成13年)長野県議会で宣言した政策が「脱ダムア宣言」です。この脱ダム宣言では、公共事業の見直しの機運とも重なったため、日本中に市民運動家の市民団体の運動が活発になりました。田中康夫氏の「脱ダム宣言」も間違いなく滋賀県の嘉田由紀子知事のダム凍結宣言にも影響を与えたといえるでしょう。

ダム事業は通常では、一度計画ダム事業は時間がかかっても最終的には完成するのがかつては常でした。一部の例外を除いてダム事業が中止になることはありえないことでしたが、時代の変化と共に河川行政に対する国民の視点が大きく変化したことを受けて、ダム事業もその中で大きな転換点に差し掛かりました。

実際に1990年代以降に公共事業の見直しに世間の風潮に風向きが変わり、実施計画調査開始されてから10年以上経過したり予備調査だけしか行われていないダム事業について河川行政を管轄する国土交通省が事業の総点検を行うことになりました。その中で市民による反対運動などでこれ以上のダム事業の進展が不可能であったり、ダム事業の代わりとなる治水・利水案のほうがダム事業よりもコストパフォーマンスが優れている、事業に対する流域のメリットがなくなったことといった、様々な理由によって事業が中止になっています。

ダム事業の中止となった理由としては色々ありますが、近年では単独の理由で中止になるよりは複合的な事情が重なって中止となるケースが多くなっています。ダム事業が中止になることは、以前は極めて稀なケースでしたが、現在では公共事業の見直し論の浸透で多くのダム事業が建設中止となっているため、今後もこの傾向は継続するものと見られています。

反対運動で中止

ダム事業の中には、様々な理由で建設事業に対する反対運動が起きます。市民による反対運動が強烈の場合は、市町村議会挙げての「ダム建設反対決議」を行う自治体も多くなっているため、本体工事をするより前に、事前調査そのものを拒否するため実施計画調査段階で膠着化します。膠着化した状態が20年~30年以上継続するケースが現れるため、ダム事業が事実上の凍結になる事も多くあります。

反対運動によってダム事業が中止となったのは、北海道勇払郡占冠村に建設予定であった赤岩ダム(鵡川)が大規模多目的ダム事業としては初のダム事業が中止になったケースです。占冠村の主要部を含めて大多数が水没予定となることに占冠の村民が一丸となって反対運動を起こしたため、1961年(昭和36年)に事業そのものが中止になりました。徳島県に建設省(現:国土交通省四国地方整備局)が計画していた細川内ダム(那賀川)は、30年以上にわたって地元の木頭村(現:那賀郡那賀町)が強硬に反対したため、1996年(平成8年)に建設事業は事実上休止となり、2000年(平成12年)にはダム事業の計画そのものが中止になっています。この他にも「利根川改定改修計画」の根幹施設として、群馬県沼田市に建設省によって建設が計画されていた沼田ダム(利根川)は、総貯水容量8億トンという日本最大の人造湖を誕生させようとしましたが、沼田市中心部が完全水没するのため2,200世帯という前代未聞の住民移転が見込まれましたが、このダム事業の反対は群馬県全体が反対する姿勢を見せ膠着化となり、計画自体そのものが立ち消えになりました。

代替事業・立ち消えで中止

ダム事業は通常、どの地点にダムを建設するかを調査するところから始まります。これを「予備調査」と呼んでいますが、この時点で計画されたダム事業は、そのまま継続して完成する場合もあれば、その後の諸事情によって計画地点を変更したり、あるいは立ち消えで終わる例もあります。

ダムを建設しても治水や利水に有効なだけの貯水量となる有効貯水容量を得ることができない場合は、ダムを建設するメリットが全くないため、大抵の場合は予備調査の段階で中止になります。この他にも、ダム建設に必要な河川勾配や流域の地質が十分な条件に満たない場合、また流域に余りにも人家が密集し過ぎているためダム建設計画が成り立たない場合も中止になります。

有効貯水容量が得ることできないケースは、釧路川・米代川・雄物川・富士川・加古川・円山川・四万十川・遠賀川といった一級水系の本川が当たります。また長良川もこの範疇に入ります。このような水系では、ダムが建設されない代わりに多目的ダムの機能を兼ね備えた可動堰・河口堰や放水路を本川に建設するか、あるいは主な支川に多くのダムを建設して対処しています。

人家が密集しすぎているケースでは、代表的なものとして四十四田ダム(北上川)があるため、当初は現地点より上流部に建設予定だったのが変更になっています。

地質的制約の問題によるもの

ダム事業の予備調査・実施計画調査でも、最も重要な調査の一つになっているのが地質調査です。ダムサイトの地盤が脆弱だと巨大な水圧に耐えられずに堤体が崩壊して、決壊事故につながります。また地形的に脆弱な地点にダムを建設して、水がたまると土壌に貯水した水が浸透してさらに地盤が緩んで、地すべりをまきおこします。このような事態となった事故では、フランスで発生したマルパッセダム決壊事故がありました。そのときには地盤ごと決壊してしまい500人以上の死者を出しています。また1962年(昭和37年)に、北イタリアで発生したバイオントダム貯水池地すべり事故では、地質調査を怠ってそのまま建設を強行したことによって結果2,200人が死亡するという、ダム事故史上最悪の惨事を招いています。そのため地質が悪い所にはダムを建設することはできないため、事業が中止になるのは安全上やむをえないことです。2005年(平成17年)に大阪高等裁判所での判決がありますが、「愛知県の永源寺第二ダム訴訟控訴審判決」では、地質調査を行わずに、そのまま建設を進めようとした農林水産省のダム建設は違法だとの判決を下しています。

こうしたことから地形的に建設が不適当な場合や、安全性の面で建設が中止になるダムもあります。また、建設前の地質調査の時点で、地すべりなど地質的な不都合が発生して、これらに対する補強工事で事業額が嵩んだため、かえってダム以外の治水・利水案のほうがコスト抑制に繋がるとして中止になったダム事業もあります。和歌山県に国土交通省近畿地方整備局が建設を予定していた紀伊丹生川ダムでは、水需要の減少で規模を縮小するために当初の地点から上流にダムサイトを移していますが、移転地点の地質が悪かったためこの地点にダムを建設するよりは、築堤等の河川改修・既存利水施設の再開発がコストを抑制する事が判明していたため、ダム建設事業を2002年(平成14年)に中止しています。この他にも「利根川・荒川水資源開発基本計画」の一環として埼玉県に建設が予定されていた小森川ダムも同じ様な理由で中止されています。

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